上野裕二郎 個展 「 In the Flow ー存在の流動ー 」
2026.5/13〜5/25 日動画廊 /Tokyo
寄稿 「前進」
木津文哉 東京藝術大学名誉教授
自分の大学院ゼミの卒業生には強烈な印象を残して巣立った者が幾人か居た。上野君はその中でも上位を誇る。そもそも大学とはどういった場所であるべきか。学び方を知る場であることは当然として、属する場所か、利用する場所か?藝大の場合は、アトリエという仕事場が生活や教育の中心となる為、座学中心の大学と異なる。他大学の状況は知らないが藝大の場合は退出時間や泊まり込みの制作については条件が厳しい。だから、限られた時間の中で如何に制作に集中するか、の勝負になるのだ。自分が学生であった47年前もそれは変わらない。徹夜のガードマンをずっとやっていた自分は下番明けで現場からそのまま大学へ行っていたので早朝からアトリエで仕事をしていたが、上野君の場合はどうだったのか。
もう時効だと思うが、登校禁止の日に彼が勝手にアトリエで制作していた事があった。もちろん厳罰だったが、管理者としての自分も、実は同様なことを学生時代にやらかしていた過去があったので、忸怩たる気持ちで叱ったことを思い出す。真剣に絵を描く気持ちからの発露と行動なのだが、組織のルールは守らなければならない。二律背反だが、学生は皆一律なのでしょうがない。絵描きとしては、その後の人生で作品を描き続ける事がその責任の果たし方ではないか。都合の良い解釈かもしれないが、そう考える。止めないこと。
修了後の彼から定期的に展示の案内が来る(うるさいほどに)。それらを見るに、変わらない情熱を持って制作をしている状況が伺えて、頼もしさとある種の焦りを感じる。理由は自分も同じ土俵の制作者・絵描きであるからに他ならない。1996年亀岡生まれの30歳。まだまだこれからの絵描き人生。どんな壁が立ちはだかるか、どんな幸運が舞い込むか、未知数の時間が待っている。
前記したように絵描きにとって(おそらくそれ以外のジャンルの表現者も)仕事場・いわゆるアトリエの確保はその継続性にとって決定的な要因になる。作家にとっての子宮のような、自分一人で自分の内面と向き合う場所は必須だからだ。幸いそこは確保出来ているように聞いているので、あとは如何にその中で自分と向き合う事が出来るか、の勝負だ。あとは量産に耐えうる体力と精神力。良き友人や恋人がいかに居ようが、描くときは孤独だし、結局作品しか残らない。そういった仕事だと思う。
しかし。「読み人知らず」で作品だけが自分が行ったこともない場所で残っていくという仕事はなんと素晴らしいことであろうか。そんな思いを抱きながら自らも相変わらず未熟な自己と対峙して恍惚と不安な夜明けを迎えている。
上野君あと38年くらい頑張ってください。






